6月18日、妻・広末涼子さんのダブル不倫報道に関して、キャンドルジュンさんが、に緊急記者会見を開きました。
不倫をされたことが自分のせいでもあり離婚はしないと語り、広末さんや子どもたちへの変わらない思いを語ったジュンさん。
会見中は常に温厚で、一人でマスコミの前に立ち、誠意を込めて発言するジュンさんに、ネットでは賞賛する声が上がっています。
そこで今回はジュンさんの温厚な性格はどこから来るのか調べました。
調べると、どうやらジュンさんは、幼少期から温厚な性格だったということがわかりましたよ。
気になるキャンドルジュンさんの生い立ちから現在までを完全にまとめましたので、是非ご覧ください。
キャンドルジュンのプロフィール

プロフィール
キャンドルジュン
CANDLE JUNE
本名:廣末順(ひろすえ じゅん)
旧姓:井筒順(いづつ じゅん)
誕生日: 1974年1月20日 49歳※6月現在
出身地:長野県松本市
職業: アーティスト
LOVE FOR NIPPON 代表
日本キャンドル協会(専務理事)
配偶者 広末涼子(2010年 - )
引用元:Wikipediaより
キャンドルジュンの学歴・経歴
キャンドルジュンさんは地元・長野県の松本市立開成中学校を卒業し、
松商学園高等学校へ進学しています。
小中学校とバスケットボールをしてきた経験から、バスケの推薦で高校へ進学したようですね!
大学へは進学しておらず、高校を卒業した後は東京で一人暮らしをしていました。
一人暮らしをしながら、「生きるとはなにか」を自問自答していた時に、会話のパートナーとなってくれたのがキャンドルだったとのこと。

現在は自作のキャンドルを全国で販売し、
自らキャンドルを使ってライブやイベント会場、海外の有名ブランドなどの空間演出を手掛けています。

2001年からは、紛争地や被災地を巡り、キャンドルに火を灯して平和を祈る活動を行い、東北への被災地支援も継続的に実施。
毎月11日の月命日の復興イベントも毎回開催されています。
キャンドルジュンさんの本業「キャンドルアーティスト」の詳細はこちら↓

プライベートでは2010年に女優の広末涼子さんと結婚。
お子さんは現在3人で、詳細は以下の通り。
●第一子・長男(宏志さん):2004年4月生まれ 19歳
⇒父親:岡沢高宏(広末さんの前夫)
●代二子・次男(名前不明):2011年3月生まれ 12歳 中学1年
⇒父親:キャンドルジュン
●第三子長女(名前不明):2015年7月生まれ 7歳 小学2年
⇒父親:キャンドルジュン
※2023年6月現在
上のお子さんは広末さんの前夫、岡沢高宏さんとの子供になります。
キャンドルジュンさんのお子さんについてはこちら↓

ジュンさんは会見時、以下のように話していました。
ライブドアニュース
ジュンさんは、岡沢高宏さんと友達だったんですね。
しかも、「強くてかっこいい奴にするから」という約束が、とても感動します。
きっとお子さん3人とも分け隔てなく愛情を注いで育てられてきたのでしょう。
キャンドルジュンの生い立ち
温厚なのは幼少期から。二人の兄が影響

そんなキャンドルジュンさんは幼少期、どんなお子さんだったのでしょうか。
キャンドルジュンさんのお父さんは、3人兄弟の中ではジュンさんにバイオリン作りを継いでほしいと思っていたそうです。
お父さんやお母さんはバイオリンを弾けなかったというのもあり、「作るなら弾けないとだめだ!」と息子への期待度がとても高かったそう。
小学校から中学校までバイオリンを習いに月に2回、東京田園調布まで通わされていたのです。
ジュンさんは、
そもそもモノづくりをしたいのに、なぜ弾くことを習わせられるのか
と反発心はあったと言います。
しかし、兄二人が父に反発しているのを見てきたため、逆らわずにずっと通っていたと言います。
きっと職人気質の厳しいお父様だったのでしょうね。
この頃に、客観的に見て、判断する力が培われたと言います。
そして、マイナスに見えることもポジティブに考えられるよう癖がついていったそうです。

ジュンさんはこの頃から温厚で冷静だったんですね。
緊急記者会見で見せた冷静で温厚な姿は、小さい頃から培われた、本来のジュンさんのあり方なのでしょう。
時折感情が揺さぶられて涙をこらえながらも、冷静に周りを見ながら話していたのが印象的でした。
ヴァイオリン製作者の道をあきらめ東京へ

中学を卒業するころ、長兄・功さんが突然ヴァイオリン制作を継ぐことを決意。
そこでジュンさんは、自分をヴァイオリン奏者にして、バイオリンを売ってほしいと願う両親の期待に背き、
親の敷いたレールから離れたい!
と思う一心で高校卒業後は上京するのです。
「ものを作るのがやりたいが、どうやったらアーティストになれるだろう?誰もやってないことをしたい!」と思っていたそう。
この頃からすでに自分だけのオリジナルのストーリーを貫くこだわりがあったのでしょうね。
ジュンさんの鹿の角の耳ピアスや全身タトゥーは初対面の人にはとても衝撃的ですよね。
特にピアスはとても痛そう・・・。
しかしそのピアスの理由には意味があり、鹿の角はシャーマングッズでお守りなんだそうですよ。

キャンドルジュンさんのピアスとタトゥーの理由はこちら↓
一般的に鹿の角は財運、魔除け、水難除け、復活の意味が込められています。
ジュンさんにとっては、自分の中でオリジナルのストーリーがあり、いろんな意味がこめられ、自分を表現した形なのでしょう。
全身タトゥーについても、決して反射的な意味はなく、
いちばん大切なことや忘れたくないこと、ニュースで知った世界の動きに対して、自分がいかに学び、どういうアクションを起こすのかということの現れや決意
とのこと。
オシャレというよりは、どこか宗教的な意味合いの方が強そうです。

https://diamond.jp/articles/-/315004?page=4
物心ついた時から、生きるとは何ぞやと考える子だったというジュンさん。
東京での出来事、両親との確執、いろいろあって、人生終わりにしてもいいかなあと思いうことがあったのだそう。
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死の淵に立つ自問自答の日々

キャンドルジュンさんの実家はカトリックでした。
毎週日曜日は家族で教会に通っていたそうです。
https://diamond.jp/articles/-/315004?page=4
と、ジュンさんは雑誌のインタビューで語っています。
毎週懺悔して、そしてまた毎日の生活に戻る。
そのことに違和感を感じていたそうです。
ただ、カトリックに反発したおかげでいろんな宗教観 多様な生活感を学べたとも言っています。

食べない、飲まない、眠らない、生きるにつながるすべてを辞めよう
そんな生活をはじめ、自分なりの瞑想極限に身を置いて考えるようになった時、ふと、毎週日曜日に教会へ行っていたころを思い出します。
今の自分はあの頃と変わらないのではないのか、と。
生きる死ぬじゃなくて積極的に生きよう、積極的に生きることで正しい死がやってきてくれる
ジュンさんはそこで悟ったと言います。
やるべきことを終えた人たちが寿命を全うする、
自分はまだ、やるべきことをやっていないのだ、と。
キャンドルアーティストになったきっかけ
キャンドルは人生そのもの

キャンドルジュンさんにとって、生死の極限状態だった時、自分との対話のパートナーになってくれたのがロウソクでした。
ロウソクは、命の長さにたとえられる。
その時すでににロウソクを作っていましたが、自分で自分の命を作っていたということに気が付きます。
その後、オリジナルでキャンドルを作り、自分なりの部屋の空間づくりをしていると、友達がまた友達を連れてきたりで、興味がある人が集まるようになっていったのです。
そこから、キャンドルを買いたい人が出てきて、キャンドル販売がスタートします。

自分の部屋に毎日人が来るようになったので外に空間を作り、そこでイベントをするようになりました。
ジュンさんのキャンドルや空間を求めて、またジュンさん自身に会いに来る人がどんどん増えていった過程が想像つきますよね。
人生のやりたいことが見つかる

ジュンさんの活動が広く認められるようになり、
2001年には、ダライ・ラマ14世の呼びかにより広島で開催された『聖なる音楽祭』に招かれます。
「原爆の残り火を3日間灯す」というのがジュンさんの役割でした。

今まで自分のためにしか火をともしてこなかったジュンさん。
しかし、「原爆や核兵器戦争をなくすまで火をともす」という役割を果たすことで、
「いつか平和の灯(ともしび)をけす」
これが自分の使命だと気づかされます。
核兵器や争いが無くなった時、今までありがとうと火を消すのが自分の役割だと語っていました。
キャンドルジュンの現在

キャンドルをともしたから平和になるわけじゃない
とジュンさんはいいます。
当然ですよね。
しかし、節目節目でキャンドルをともす、アクションを起こすことが人々の意識を変えるのです。

友達からもお前は偉いよな、でも人が生きている限り戦争は終わらないよ
とよく言われたのだそう。
意外と身近な人間が戦争が終わらない世界を作ってると気づきます。
その後に東日本大震災があったとき、自然災害だったらもっとみんなが身近に考えられるのでは?と思うのです。

引用元:Instagram
悲しみから喜びの癖をつけること
その意識があれば、戦争やテロが起きてもその方程式が癖になり変わっていくのではとジュンさんは語っていました。

引用元:http://candlejune.jp/
現在キャンドルジュンさんは「一般社団法人LOVE FOR NIPPON」を立ち上げ、被災地の復興支援活動を行っています。
そして毎月11日の月命日には、福島でイベントをして、そのほか新潟や熊本など、震災からの復興と平和への祈りのイベントを辞めることなく続けています。
また、2021年から、「一般社団法人日本キャンドル協会」の専務理事を務め、未来に向けて希望の灯りを照らすという目的で、キャンドルライフの普及にも尽力しています。
https://diamond.jp/articles/-/315004?page=4
と語っています。
温厚で物静かな印象ですが、心の中はとても情熱的ですよね。
記者会見での冒頭の平和に対する願いの意味も、ジュンさんの生い立ちを知るとうなずけるはずです。
キャンドルジュンが「半グレ」説はデマ

一部、ネット上ではキャンドルジュンさんが「半グレ(暴走族のOBなどの反社会的集団)」ではないか?
という噂があるようです。
しかし、その噂はデマで、ジュンさんが「半グレ」という事実はありません。
ジュンさんは、上京したてのころから夜間の飲食店のバイトをしていたこともあり、交友関係が広かったとのこと。
また、2000年頃は、元グラビアアイドルの井上晴美さんと交際しており、広末さんと出会う前から芸能界にも知り合いが多数いたということですしね。
そういった交友関係の広さから、「半グレ」という噂が広がったのだと思われます。
ジュンさんの生い立ちからの活動内容を鑑みても、半グレ説はデマと言えそうですよね。
キャンドルジュンの家族構成

とても独特な生き方を貫いてこられたキャンドルジュンさん。
家族はいったいどんな方たちなのかも気になりますよね。
キャンドルジュンさんの家族構成は5人です。
- 父 井筒 信一(いづつ しんいち)1986年生まれ 87歳 ※2023年の年齢
ヴァイオリン製作者 - 母 井筒 秀子(いづつ ひでこ)年齢不明
⇒ヴァイオリン製作者 - 長兄 井筒 功(いづつ いさお)1970年生まれ 53歳 ※2023年の年齢
⇒ヴァイオリン製作者 - 二兄 名前不明 1971年生まれ 52歳 ※2023年の年齢
⇒バイオリン制作・営業 - 本人・キャンドルジュン
ちなみにキャンドルジュンさんは広末涼子さんと結婚する際、婿養子に入っており、廣末姓を名乗っています。
理由は広末さんの連れ子であった長男・広志さんが苗字を何度も変更させることで混乱させたくないという理由からだそう。
とても子ども思いで優しい人なんですね!
父・信一(しんいち)87歳/バイオリン製作者

キャンドルジュンさんの父親、信一さんは、日本のバイオリン製作者の第一人者です。
TBSの「メイドインジャパン!」という番組では、イタリアのバイオリンを作る学校の先生が作ったバイオリンとの音色対決をして、勝利したことがあるほどその腕前は有名です。
さらに、1本10億円もする「世界で最も高価な楽器」と言われるストラディバリのバイオリンとも対決。
さすがに負けてしまったようですが、それでも審査員6人中2人は真一さんの楽器の音色のの方がいいと判断したようです。
業界ではとても有名人のようですね。

ちなみに信一さんのお父さんでジュンさんのお爺さんは、お盆や茶托などを作る木工ろくろ職人だったそう。
信一さんはものづくり職人だったお父さんの影響でバイオリン制作を、
そしてジュンさんもまた、父・信一さんの影響でキャンドルアーティストという職人になっていったというわけですね。
ジュンさんのものづくりをする才能は遺伝といえそうです。
キャンドルジュンさんの父親の生い立ちや経歴など詳しくはこちらをご覧ください↓
母・秀子(ひでこ)バイオリン製作者
キャンドルジュンさんのお母さんは、秀子さんと言います。
「常に両親が家にいて、バイオリンを作っていた」とジュンさんが語っていた動画がありました。
お母さんも父・信一さんと一緒にバイオリン作りをされていると思われます。
制作やお店の運営など二人三脚でされてきたのでしょう。
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長兄・功(いさお)53歳/バイオリン製作者

キャンドルジュンさんの上のお兄さんは功さんです。
功さんもバイオリン製作者として活動。
東京・渋谷区にある『Neo Tokyo Strings』という工房を運営しています。
父・信一さんと同様、ヴァイオリンの修理・調律も行い、ヴァイオリン制作講座もされています。
二兄・名前不明 バイオリン制作・営業
キャンドルジュンさんにはもう一人お兄さんがいます。
お名前など詳しい情報はありませんが、キャンドルジュンさんが、YouTube番組の「街録チャンネル」に出演した際、お兄さんは2人いて、2人は年子だという話をしていました。
2番目のお兄さんもやはりバイオリン制作に関わっているそうですが、主に売る方(営業)を担当していると語られていましたよ。
【記者会見に違和感?】キャンドルジュンが会見で伝えたかったこと

今までキャンドルジュンさんはメディアに出ることを拒否してきました。
自分たちのやっている活動の内容がゆがめられて認識されるのは悲しいですよね。
また、家族を守るために仕方なかったことなのでしょう。
ただ最近は、切り取られてもいいように自分が話してないからでは?と思えてきたとジュンさんは言います。
紳士的に話しても切り取られてゆがめられる だったら辞めるじゃなくて、だったらどうしたら伝わるか。
そうしていかないと、メディアの人たちも変わっていかないのではとジュンさんは言います。

広末涼子さんのダブル不倫報道が過熱し、このまま自分が黙っていることで、いろんな憶測がメディアを飛び交う。
今回、会見を開こうと思ったのは、
誤解の無いようありのままを話すことで一番に家族を守りたい!
という思いが強かったからではないでしょうか。
キャンドルジュンさんの生い立ちや経歴、今まで行ってきた活動を知ると、今回の会見の『一人語りの意味』も理解できます。

会見が始まり、原発問題や戦争の問題を語りだしたジュンさんに違和感を感じた人もたくさんいたようです。
ただ、ジュンさんの温厚で誠実に話す態度に、多くの人が心を動かされたのではないでしょうか。
キャンドルジュンさんの思いが人々の行動に少しずつ変化をもたらすことを願います。
広末さんやお子さんにもジュンさんの思いが伝わるといいですね。
今後の動向に注目したいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
キャンドルジュンさんに過去の暴行疑惑が浮上!広末さんがリークした説あり↓